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セルビア人がコソボに来たときの話

前に、「アルバニア人とベオグラードに行ったときの話」を書いたのですが、

今回はその逆パターン。

セルビア人がコソボに来たきの話です。

これは今年の夏。

わたしが手伝うプリズレンの宿に、セルビア人のおばさんが泊まりに来ました。

「宿泊者年齢:40代、泊数:12泊、出身:セルビア、性別:女」の予約が入った時点で、

コソボ人スタッフの頭の中では「一体ここに何をしに来るんだろう…」という疑問(と猜疑心)がぐるぐる。

わたしが手伝っているこの宿は、ホテルなどではなく、もっと格安の、主に貧乏バックパッカーが多く利用する宿。

だから、そんな宿にいい年齢の女性が12泊もするなんて、不思議に思って当然といえば当然です。

宿側は、「セルビア人が12泊もする!とにかくなるべくもめないように、相部屋を予約しているけど個室が空いているから個室に変更しておこう」と特別扱いで挑みました。

そのセルビア人女性(Lさんとする)が到着したのはある日の早朝。

「到着時間」の欄にも「受付時間前」を記入してあったにもかかわらず、宿のスタッフはそのことを忘れていて爆睡。

外の呼び鈴をいくら鳴らしてもスタッフは降りてこなかったらしく、

代わりにその呼び鈴に気が付いた別のお客さんが鍵を開けてLさんを中に通しました。

そのことに気が付いたのは、スタッフが朝ごはん準備のため受付にいくと、

そこのソファで休んでいたLさんを見た時。「しまった!!!!!丁重に扱うはずが…」と焦るスタッフ。

ソファで休んでいるLさんに、コーヒーやらパンやらいろいろあげてご機嫌を取ろうと必死でした。

しかしLさんは中に入れなかったことを全く気にする様子もなく、

そのようなスタッフの対応にただ「あら、ありがとう」といった薄い反応でした。

その後もLさんがロビーにいる姿を見るときは必ず「特別な気づかい」で対応するスタッフと、

それに対して特に気にする様子もないLさん。

よく何かを調べている様子だったし、わたしの目から見たら、「何かプリズレンですることがあって来たんだろうな」という印象でしたが、

コソボ人スタッフにとっては、「何を考えているのかわからない。怪しい」という印象だったらしいです。

出た、アルバニア的この思考。

相手の反応が自分が期待するものと違ったとき、心のどこかで相手を責めるこの態度。

ある朝、わたしが屋上で一人コーヒーを飲んでいると、Lさんがやってきました。

Lさんと話したのはその時が初めてでしたが、お互い相手の姿は宿で目撃していてその存在は知っていました。

「長くいるようだけどここで何しているの」とLさんに聞かれ、しばらく宿を手伝っているということを説明しました。

それに対してLさんは、こんないい町でしばらくの間滞在するのはいいことだ、みたいなことを言ったので、

「そんなにプリズレンが好きになったのですか」とわたしが聞くと、

プリズレンは15年以上来たくても来れなくて、今やった来れた場所だ、と言いました。

そして、今回プリズレンに来た理由を教えてくれました。

Lさんはまだこの辺がユーゴスラビアだった時代、ロシアにツアー旅行に行ったそうです。

そのツアー客の中には、コソボから参加した男性がいて、Lさんとその男性はツアーの間すごく意気投合し、

ツアーが終わっても「また会いましょう」と約束をして別れたそう。

しかし、1999年頃からセルビアとコソボの関係が悪化して、お互いの住むところを訪れることができぬまま、紛争が始まりました。

Lさんが知っているのは、男性の名前とプリズレンに住んでいるということだけ。

紛争が終わり、結局セルビアとコソボの関係は冷え切ってしまったので、会いに行くなんて到底不可能だったそうです。

そうこうしてるうち、Lさんは結婚したり子供が生まれて子育てをしたり、と忙しい日々を送り、

その男性どころではなくなっていたそうですが、最近生活も落ち着いてきてまた彼のことを思い出すようになりました。

その話を息子にしたら、「ぜひ会いに行った方がいい」と言われ、

プリズレンの役所にその男性のことを問い合わせたりなんだりしていると、男性の居場所がわかり、

勇気を出してこうやってプリズレンにやってきたそうです。

その男性にはもう会ったのかとわたしがきくと、プリズレンに到着して2日目に会ったようでした。

向こうもLさんのことを覚えていて、こうして会いに来てくれて喜んでいたそうです。

「やっぱりコソボに来るのは怖かったですか」と聞くと、

「周りの友人や家族はすごく心配して止められたけど、来てみると案外大丈夫なものね。その男性にも同じことを聞かれて心配された」と言って笑っていました。

そして、目的は果たしたし、息子がちゃんと家を掃除しているか気になるから早めにセルビアに帰ることにした、といい、

もしセルビアに来るときはうちにも寄ってちょうだいと、自分の家の住所を書いた紙をくれました。

今時、旅行先で出会った人から家の住所をもらうのもめずらしいな、と思いつつ、

でもこの人は昔こんな風に旅行先で人と出会ってお互いの連絡先を交換していたんだろうな、と想像できました。

そのときは、自分の国がなくなるなんて思っていなかっただろうし、もらった相手の国に行けなくなるなんてことも考えなかっただろうな。

もらった紙を見ると、住所が「ノビサド」となっていて、

そこはセルビア北部のボイボディナ地方と呼ばれる場所で、たくさんの少数民族が暮らしている地域です。

ハンガリーの影響も強く、中には「ボイボディナもセルビアから独立したがっている」なんていう意見もありますが、

今のところはそんな動きは見られません。

でももし、何十年後かにいろいろ変わって、そこもセルビアとは違う国になったら…なんてことをふと思いました。

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