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アントンさん


これまで個人名を出してその人について書くということはなかったのですが、

この方の場合は個性が強烈すぎてわたしの中でアントンさんでしかないため、あえて実名をだしてこの人について書きます。

アントンさんはわたしが2015年夏にコソボを再訪した際出会った方で、のちのち宿で一緒に働くことになったので仲良くなりました。

見た目からしてかなり特徴的で、普通アルバニア人は毛が濃く目もぎょろッとしている人が多いのですが、

アントンさんの場合は口髭が少しと、赤ちゃんみたいにやわらかい髪質なのにモヒカンで、目も切れ長。

パッと見はメキシコ人みたいです。

あとコソボのアルバニア人にしてはめずらしくおしゃれで、古着をいい感じに着こなしています。

真夏にみんながビーサンでだらしなくいるところを、アントンさんだけはちゃんと靴を履いています。

音楽のセンスがよく、あるバーでは店員でもないのに好き勝手にパソコンをいじって店内BGMの選曲を担当しています。

しかしアントンさんが他のアルバニア人と違うなという点は、人生に対する哲学的な態度だと思います。

コソボではほとんどの人が世に出て役に立つものを勉強したがる中、大学時代は哲学を専攻していたというのもめずらしい。

しかもまだ卒業していない(現在32歳くらい)。

「思考」というものを能動的にほとんどしない(ように見える)コソボのアルバニア人が多い中で、アントンさんはあでもないこーでもないと考えるのが好きそう。

そのため現在ではアルコール中毒気味で、町で見かける姿は飲んでいるか酔いつぶれているかのどちらか。

アントンさんは若い時に右腕をなくしました。

なんていうと、あら、紛争でかしら…と思うかもしれませんが、実際は自宅のバルコニーから酔っぱらって電線を触ったら腕が死んだそうです。

コソボの病院では治しきれず、はるばるセルビアの首都・ベオグラードの病院まで運ばれたといいます。

治療が終わった後は、一人でバスに乗って帰って来ました(9時間くらい)。

アントンさんがベオグラードの思い出話をする時は、「ぼくがベオグラードで見たのは病院とバス停だけ」と言います。

コソボは体が不自由な人に対する社会的ケアが乏しく、片腕しかなく働けないアントンさんには月に20ユーロの補助が出るだけ。

今は実家で両親と暮らしていますが、今後どうなるのでしょう。

と、こちらの心配をよそに、本人はそういうことを気にしていない様子で、毎日ひょうひょうと暮らしています。

毎日ひょうひょうと、というのは、例えば、午後2時くらいに起きてしばらく部屋でぼうっとし、

2ユーロくらい(ない時は手ぶらで)を持ってコーヒーを飲みに出かけ、そこで友人たちの誰かしらと合流。

たまにサッカーくじをして(一度2000ユーロ当てたことがあった。でも2週間ほどで使い切りました)、

昨晩ネットで観た映画の感想などを話し、一度夕飯を食べに家に戻り、夜またビールを飲みにやってくる、という感じです。

友人たちの間では、アントンさんについての言葉があるそうです。

それは「アントンは自分によりも他人に対して心を使う」というものです。

傍からみると決して明るい環境にいるようには見えないアントンさんですが、自分のそんなことは置いておいて、

他の人に対するやさしさが深い人です。

去年、いよいよアントンさんの義手がボロボロになって来たということで(ゾンビみたいな緑色に変色していたし、指ももげていた)、

プリシュティナのある機関のプロジェクトでアントンさんに新しい腕を作る、ということになりました。

わたしは話を聞いてもよくわかりませんでしたが、とにかく最新の技術で義手を作ってくれるとか。

予定よりも大幅に遅れてプロジェクトは進み、いよいよアントンさんのものになる、となった時、

「アントンが腕を得るためには3000ユーロ払わなければならない」ということになりました。

無職のアントンさんがそんな大金を工面できるわけでもなく、どうしよう…となった時、なんと友人たちの間で寄付をする動きが始まりました。

友人たちも半分くらいが無職、それでも多い人は200ユーロ寄付していました。

そしてついに先日、アントンさんは新しい腕になりました。

わたしは実物をまだ見ていないので、次にコソボに行くときの一つの楽しみにもなっています。

アントンさんやその友人たちを見ていると、決して金持ちでもなく、たくさんものを持ってるわけでもなく、仕事で成功してるわけでもないですが、いつも温かい気持ちになります。

アントンさんたちと話していたとき、

ある人が「What do you think about life? 人生についてどう考える?」とふざけてきいてきたので、

わたしも「I don't think (about life) そんなこと考えない」と冗談で答えたら、

それを聞いたアントンさんが、「Life has to be lived, thoughts have to be thought. So don't think about life. 人生は生きられるもの、思考は考えられるもの、だから人生については考えなくていい」とまとめました。

人生に対するなかなかいい態度だなと思います。

☝アントンさん行きつけのバー

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